聖アルケアン奇譚-鬼啼編 【完結】

いやぁ見直すと、ちょっと文字が多すぎ(^^;)

ライトなラノベっつーくらいだから、もっと軽くすべきだった。

ストーリーを追う方に夢中になってしまったのがよくなかったね。

まぁとりあえずこれはこれでいいか。

また、こんな企画があったら今回の反省を踏まえて、がんばるってことで。

読んでくださったみなさま(多分いると信じたい・・・)、ありがとうございました。



「あの子が眼を醒ましたら、養女の話をするつもりだ。」
門守弘蔵はベッドから半身を起こし窓の外を見つめたままぼそりと言った。
「さすがは御厨大樹の娘だな。初めての戦いぶりとは思えなかった。」
「大丈夫でしょうか。」
「お前は当面あの子から目を離すな。過大な暴力の副作用は大きい。」
「兄は3日後に首をつりました・・・」
安西裕一も門守と同じく窓の外を見つめたまま言う。
「このまま戦いを続ける意味はあるのですか?」
「あの世とこの世は融合したがっているのかもしれない。世界はやがて一つになるのだろう。」
「戦いを放棄し、成り行きを見守るのも一つの方法です。」
安西は門守の横顔を見る。門守は首を振った。
「一時とはいえ、混乱は多くの死者を出す。それをただ傍観するのは無理だ。門守家はそれを阻止するために存在しているのだ。」
安西は力なく笑う。
「御厨に賭けるしかなさそうですね。」
「あの子は多分大丈夫だ、あの子の恐怖を感じない体質は今度のこともよい方向に作用するような気がする。あの子は自分が何か別なものに変わってしまうということに恐怖を感じないですむのだから。だが、注意するにこしたことはない。頼んだぞ。」
「はい。」

 慎重に慎重を重ねて摘もうとしたミニトマトがものの見事に箸の先をすり抜けテーブルの縁をかすめて床に落ちてゆくところを、間一髪、左手で掴みとった。あたしは誇らしげにみんなを見る。左で今日もベーコンレタスサンドにかぶりついていた聡子と右であたしと同じから揚げ定食の付け合わせの野菜を口に入れようとしていた加奈絵が、同時にあたしの方を見て笑う。「すごいわね、実来理ちゃん」「そこでどや顔をされてもなぁ。」正面のたまちゃんはつれなく言うと一気にコーヒーをがぶりと飲む。「だからまず箸の持ち方を直しなさい。」聡子は冷やかにのたもう。あたしは九死に一生を得たミニトマトを無慈悲に口に放り込んだ。ここのところずっと続けている格闘技の練習の賜物なのだけど、それは内緒だ。あの日門守さんにされた養女の話はどう答えようか未だに迷っている。ゆっくり考えなさいとは言ってくれてはいるが・・・。
安西はしばらくあたしの周りをうろちょろしていたが、最近はあまり見かけなくなった。一応心配してくれていたのだろうか。それとも意外とチキンなマッスル安西の正体を誰かに吹聴しないか見張っていたのか。
「それにしてもほんとかなぁ例の話」
たまちゃんは砂糖のたっぷり入ったコーヒーをすすりながらちょっと上目遣いにみんなの顔を順番に見た。聡子は紙のナプキンで口のあたりを拭うと意味ありげに微笑みながら言う。
「夜中の屋上に立つのは人か鬼か?」
うーんまぁなんだ、その件についてはあたしは・・・ノーコメントだ。

                                                                   完

「それと、あまりあの世側に近寄るな。あの入り口はいつ閉じるかわからない。向こうへ行ってしまったときに閉じるともはや帰ってはこれない。」「はい」あたしは集中する。すぐにぞわぞわが身体全体を覆うのを感じた。あたしはどうすればよいのかわからなかったが、とりあえずこちらへ向かってくる赤鬼に向かってダッシュし、体当たりを試みる。

  自分の身体とは思えないほどのスピードで赤鬼のお腹のあたりにタックルが決まり、相手は後ろにのけぞる。すかさずパンチの連打。とはいえ、そもそもあたしは格闘技の経験もなく、他人と殴りあったことすらないのだから、勝手がわからない。どのへんをどういう風に殴ればよいのかがさっぱりなのだ。ただ鬼虫たちの力は想像以上であり、赤鬼にはそれなりのダメージが与えられてはいるようだ。ほっとして一瞬力を抜く。しかし相手はまだ目がほとんど見えていないにも関わらずそのスキを見逃さなかった。生まれながらの戦闘マシーンということか。赤鬼の右手のスピードは恐らく常人であれば避けられなかっただろう。だが、あたしは避けた。鬼虫がざわついたからだ。百戦錬磨という門守さんの言葉は誇張ではなかった。

  赤鬼は力余って前のめりにぶっ倒れる。あたしは背中に飛び乗って角を掴んだ。絵で描かれる鬼は三角のまっすぐな角を持っていることが多いが、こいつはどちらかというと水牛のような少し曲がった角を頭の両側から生やしていた。あたしはそれを掴んで思いっきり外側に広げる。ものすごい悲鳴ともつかない声を赤鬼は上げた。やはり痛いのだろうか。けれど硬くてびくともしない。あたしとしてはバリッとかいって角がもげるのを想像したのだけど、そう簡単にはいかないようだ。

  それにしても体力が持ちそうになかった。力の入れ方とか使い方がわからないので、ひたすら全力でやるしかなく、単なる平凡な女子高生のあたしの体力ではもはや限界に近い。年がどうこう言っていた門守さんと比べても体力では劣ってるような気がしてならない。などと思っていると、赤鬼は半狂乱の態で起き上がりそのまま後ろにのけぞるように倒れこんだ。あたしを背中で押しつぶそうと思ったのにちがいない。あたしはそれをかわすと今度は倒れこんだ胸のあたりに跨がり、顔を無茶苦茶に殴る。「おりゃりゃりゃりゃー」とわけのわからない奇声を発しているのはわかったが、もはや自分では制御できなかった。経験したことのない暴力が異様な高揚感を生み出している。拳が赤鬼の顔面にヒットするたびにあたしの奥の何かが妖しく疼くのを感じた。

  我を忘れていたあたしは虫たちがざわつくのも赤鬼があたしの左足首を掴んでいるのも気づかなかった。ふいにあたしの身体が宙に浮き左側に飛ばされた。そのまま身体が鍾乳石に叩きつけられる。表面的な痛みはないが衝撃が内臓にくる。赤鬼はあたしの足を持ったまま立ち上がり大きく腕を振り上げ今度は地面に叩きつけた。そしてもう一度振り上げたとき血で滑ったらしくあたしの身体は後方に10メートル近く飛んだ。気持ち悪い。あたしは地面をのたうって胃液を吐き出す。やばいかもしれない。しかし向こうもすぐにはこちらへ来ようとはしない。あたしのパンチも効いてないわけじゃなさそうだ。くそっ。でもこれ以上続けるとあたしの方が不利だ。なんとかしなければ。

  そのときあたしは足元に落ちているナイフに気づく。あの娘があたしを襲ったときに持っていたものに違いない。拾い上げるとそれはナイフというよりは、短めの柄のない日本刀のようだった。ここに残されていた遺物なのかもしれない。あたしはその短刀を握りしめると赤鬼の横をすり抜けるように駆け抜ける。もちろん横っ腹を短刀で切り付けることは忘れない。あたしは前後左右に駆け抜けながらひたすら鬼を切り刻む。さすがにこれは効いたようだ。赤鬼はうめき声を上げながら、徐々に動きが鈍ってゆく。あたしは背中に回って再び飛び乗る。今度は肩車のようになり太股で首を締めつけた。そして脳天めがけて短刀を降り下ろす。

  硬い。こいつの頭はやたらと硬くできているようだ。あたしはそのまま何度も何度も力いっぱい短刀を頭に降り下ろした。降り下ろす度に赤鬼の動きは鈍くなっていく。やがてガキッという音とともに短刀が根元まで突き刺さった。「ひょーほほほほほほほほほほほ」あたしはテンションがマックス状態になって、鬼の脳天に開いた穴めがけてさらに何度も短刀を突き刺し続ける。血と脳漿が盛大に吹き出してあたしを濡らす。赤鬼はもはやぴくりとも動かない。

  どのくらいその状態だったのかはっきりしないが、あたしは我に返り、短刀を脳天に突きたてたまま赤鬼から下りた。そして奥の二人の元へゆらゆらと歩み寄る。彼らのずっと後方の、あの世があるという光の中に人影が見えた気がした。もっとよく見ようと目を凝らすが光が滲んで人影は消えてしまう。あれいったい誰だったんだろう。ヒルコの一族が同胞の最期を見届けにでも来ていたのだろうか。あたしは二人の前に立つ。門守さんはにっこりと笑ってくれたが、安西はすっかり怯えている。血と脳漿にまみれた黒鬼のあたしはもはや御厨実来理ではないのだろう。ばかやろう。そんな目で見るな。泣いちゃうぞ。

  あたしの意識はそこで途切れた。
 

門守さんに連絡がついてほっとしたのも束の間。あたしは鬼啼きのいやな響きがどこからともなく聞こえてくるのに気づいた。しかし、いつもとは少し違う。何がと問われるとはっきりとは説明できないのだけど、なんか違う。いつもより生々しいような感じだ。あたしははっとして足元の蓋に耳を当てる。音は確かにその奥から聞こえていた。いやな予感。安西はまだ大丈夫そうなことを言っていたが、もしかすると鬼が生まれたのかもしれない。鬼と聞いて想像する通りのものだとすると、安西の身が危なさそうだ。あたしはどうすべきだろう。ここで門守さんを待つべきか、それともすぐにあそこへ降りていくべきか。あたしが行ったからといって多分どうにもならないことはわかっていた。安西と一緒に殺されてしまうのが落ちだろう。もしかすると頭から喰われてしまうようなことにもなるのだろうか。一噛みで頭を砕かれるのならまだいいが、手とか足とかをもがれるのはちょっと勘弁だ。ものすごく痛そうだし。自分の足が食べられるのを見るのもいやだ。でも、安西をこのままほっておくわけにもいかない。あたしはまた井戸を見上げる。まだ当分来ないだろう。来たときには安西はもう殺されてる可能性が高い。あたしは横道のスイッチに手をかけた。

  そのとき、背後に人が立つのを感じて振り返る。赤黒いうろこのような肌をした一人の鬼が立っていた。「あ・・・あなたは。」あたしは小学生だったあの日に見たはずの鬼に再開したのだ。「門守さんなんですね。いったいどうやって・・・」多分、門守さんを覆っているうろこの様なものは鬼虫なのだ。眼に見えるほどの密度で全身を鬼虫に覆われている。あたしが身体の一部にほんの少しまとわせるだけで相当なパワーを得られることを思えば、この状態ならもうスーパーマン並に違いない。門守さんの目はにっこりと笑っているようだった。あたしはスイッチを掴む手に力を入れる。あたしたちは降り始めた。

  下に着くやいなや、あたしはそこを飛び出し鳥居の下に立って鍾乳洞の奥を見た。そこにはまさに地獄を思わせる巨大な生き物がいた。身長は3メートル近い。肌は血のように真っ赤だった。顔は獣のようで、鬼というよりはミノタウロスを思わせる。まだ生まれたばかりで辺りが見えないのか、頭をぐるぐると回しながらうろつき、身体に触れた鍾乳石を砕きまくっている。あたしは安西を探す。鬼からかなり離れた鍾乳石の影に頭から血を流して横たわっているのが見えた。殺られたか。あたしは鬼に悟られないよう距離を置いてそこに近づいた。「先生、先生、しっかり」安西は気を失っていただけのようだった。かろうじて目を開けるとあたしを見て首を振った。「どうして戻ってきた。寮に帰れと言ったはずだ。」「門守さんが来てくれたわ。もう大丈夫。」「そうか」安西は身体を起こして鬼の方を見る。

  鬼の背後に門守さんが立っていた。赤鬼対黒鬼という構図だが、大きさが違いすぎる。しかし黒鬼が一発背中にパンチをぶち込むと赤鬼の巨体が数メートルも吹っ飛んだ。赤鬼はのろのろと立ち上がって今いた方向に顔を向ける。そこへさらに顔面へ一発。再び倒れ込んだところで頭に蹴りを一発。矢継ぎ早の猛攻だが、赤鬼にダメージがあるようには見られない。赤鬼は立ち上がりざまに腕を大きく振った。今度は黒鬼の身体が吹っ飛ぶ。その様子を食い入るように見る安西の身体は小刻みに震えていた。あたしは安西を後ろから抱きしめる。「大丈夫だよ先生、あたしがついてる。」安西はあたしの手を握りしめた。あたしは安西のことを愛おしく感じていたが、それはどちらかというと母性本能的な物に思えた。守ってあげたかったのだ。

  赤鬼は目は見えてはいないが、黒鬼の位置を正確に把握しているようだった。一進一退の攻防が続く。しかし黒鬼の動きが徐々に鈍ってきているのがあたしにもわかった。やばいかもしれない。と思った瞬間、赤鬼のパンチが黒鬼のみぞおちを捕らえ、黒鬼はあたしたちのすぐ横にまで飛ばされた。あたしは黒鬼に駆けよる。「やはりもう年だな、昔のようには身体が動かん。」「でも、このままじゃ。」「そうだ、このままじゃまずい。実来理ちゃん、あとは君が頼りだ。」「えっ?」「わたしの虫を全て君に託す。君ならやつを倒せるだろう。」いやいや、それはいくらなんでも無理がある。あたしは決して戦闘向きではない。ただの女子高生なのだ。
「大丈夫、虫に従え。わたしの虫たちは百戦錬磨だ。戦い方は心得ている。あとは身体が付いて行けるかどうかだけなのだ。」赤鬼がこちらへ迫ってきている。迷っている時間はなさそうだ。あたしは立ち上がった。「やってみます。」

音の正体はすぐにわかった。鳥居から10メートルほど奥にある岩影にそいつはいたのである。あたしと安西はそれを見下ろして顔をしかめる。すぐにはわからなかったが、あの娘だった。美少女の面影はもはやなく全身が膨れ上がって皮膚はボロボロと崩れている。腐った相撲取りのようなありさまだ。「どうしちゃったの?」「まずい、こんなところで・・・」「いったい何がどうなってんの?」

「お前やオジキの操る鬼虫というのは元々はあの世の生き物だ。特別な才能のある人間だけが、それを身体にまとわせることができる。だがこのヒルコの一族は皆その鬼虫を操れる。」「でも、さっきあたしのようには使えないって・・・」「そうだな、操れるというのは語弊がある。こいつらは身体の内部に鬼虫を宿してるんだ。いやある意味鬼虫が身体に巣くっていると言った方がしっくりくるかもしれない。」「何それ・・・」「鬼虫はこいつらのあの驚異的な身体能力の源ではあるんだが、鬼虫というのはやがてこいつらの身体の中で成長し、無数の鬼虫が融合して大きな形態変化が起こる。」「それがこの状態ってこと?」あたしは自分の手を見つめる。「鬼虫はヒルコの中にいない限り形態変化は起こさない。安心しろ。」それにしても、自分の身体を他の生物に乗っ取られるというのはどんな気分なのだろうか、この娘の様子を見る限り相当に苦しいことにちがいない。眼にはもう力はなく、虚ろにあたしたちを見上げている。すすり泣くような音は喉からずっと出ていた。痛いのだろうか。自分が崩壊してしまうことを恐れているのだろうか。

「この娘はいったいどうなるの?」安西はあたしをじっと見た。目を細め喉を鳴らす。「鬼が生まれる。」いやな沈黙があたしと安西の間を流れる。「鬼?ってあの鬼?」「そうだ、あの世からやってきたあの生物を人は鬼と呼び、あのような姿で絵に描き、幾多の伝説で語り継いできた。あれはまさに鬼としか言いようがない最悪の生物だ。」「鬼・・・」「お前はすぐに上へ上がってこいつでオジキを呼び出してくれ。」安西は自分のスマホをあたしに託す。「電話帳に門守(緊急)と書いてあるやつだ。鬼が生まれそうだと言えばわかる。」「先生は?」「俺はとりあえず見張っている。多分すぐにどうこなるとは思えないが、わからない。オジキはすぐにやってくるはずだから、来たらお前はそのまま寮に帰るんだ。」あたしは抗議しようとしたがやめた。ここで言い争っても意味がない。あたしは踵を返すとさっき降りてきた井戸の底へ戻った。上へ上がるためのスイッチは出入り口の横にすぐあった。上と同じような棒状のものが突き出ている。あたしはそれをぐいと上げる。またギシギシという音がどこからともなく聞こえて、蓋が上がり始めた。あたしは急いでそれに乗る。薄明かりの中でこっちを見ている安西が消え、あたりは暗闇に包まれた。

  やがて静かに蓋が止まる。一番上ではなく途中の横道のところまでしか上がらなかった。もっともその方が都合がいい。一番上まで行ってしまうと開けるのが面倒だ。あたしはずっと握りしめていた安西のスマホを操作し門守さんを呼び出す。こんな夜中に出てくれるのだろうか。と思う間もなく呼び出し音が途切れ「何があった。」という声がした。さすが緊急用というだけはある。「夜分すみません。あたしアルケアンの御厨です。御厨実来理てす。」「実来理ちゃん、いったいどうしたんだ。裕一に何かあったのか。」裕一って誰だっけと一瞬考えたがそういえば安西の名前はそんなようなのだった。「先生に頼まれました。地下の鍾乳洞で鬼が生まれそうだからと・・・」一呼吸の沈黙。「わかったすぐそちらに行く。」「あの、場所は昔の井戸があるところです。そこが入り口になっていて。」「ありがとう。きみは・・・できればそこで待っていてくれ。」「・・はい、わかりました。」すぐに来るとは行ったがどのくらいかかるだろうか。アルケアンと門守家のお屋敷は直通の道では繋がっていない。いったん麓に降りてからとなると30分くらいはかかるかもしれなかった。あたしは丸く切り取られた夜空を見上げる。

あたしたちはようやく井戸の底へと戻ってきた。いい加減足が疲れた。あたしは蓋の上に乗って見上げる。井戸の石垣で丸く切り取られた夜空に星がたくさん。きれいだ。
「とにかく今日はもうおとなしく帰って寝るんだな。」安西は壁のスイッチを倒すと蓋に飛び乗った。どこかでギシギシと水車の廻るような音が聞こえたような気がした。上がってゆくはずの蓋はしかしゆっくりと下がり始める。安西は慌てて、上へと移動していく横道に飛び移った。そしてあたしに手を伸ばすが、あたしはそれを避けてフラッシュライトを消してしまう。「バカ、何やってんだ。早くこっちへ。」あたしのせいじゃないもん。ここで行かずにいつ行くのか。このまま帰って寝るわけにはいかない。安西は舌打ちすると、蓋の上に飛び下りて来た。蓋は順調に下がっているので、もはや横道の縁は手の届かないところまで行ってしまっていた。

「自分の間抜けさに嫌気がさすよ。」「そう悲観することないですよ。これで謎は解けたじゃないですか。あれがまさか二重のスイッチになってるなんてそうそう気づきません。」あたしはとっておきの笑みで安西を見るが暗闇ではなんの意味もなかった。「あのヒルコちゃんは上へは上がらずこうやって下に降りたんですね。あの男子も上の井戸から落ちたんじゃなく多分さっきあたしたちがいたところからこの蓋の上に落ちたんでしょ。まさか道が突然なくなってるとは思いませんもんね。」フラッシュライトを点けようとすると、安西が制した。「灯は点けるな。お前はできるだけ隅っこの方でしゃがんでろ。」「ヒルコちゃんが襲ってくると?」「待ち構えてる可能性は否定できない。」暗闇の中でも安西の緊張感が伝わってくる。「さっきも言ったようにやつらとは意思疎通はできない、命乞いは無駄だ。やつらは躊躇うことなく人間を殺す。」

  蓋が止まった。安西が喉を鳴らす音が聞こえる。上を見るとかなり降りたようだ。星空が遠く見える。20メートルくらいはあるかもしれない。上と同様に横道があってそしてなぜかその先が少し明るい。「ここは・・・」安西はゆっくりと横道の方へ歩いていく。あたしは付いて行きたいのをぐっとこらえてその後ろ姿を目で追った。横道に入ってすぐのところに鳥居があるようだった。何かを祀っているのか?

「御厨、ちょっと来てみろ。」待ってました。あたしは飛び出すようにそこを出ると安西の隣に立った。かなり広い空間だ。見事な鍾乳石がずっと奥まで続いている。観光の目玉として売り出したいくらいだ。しかしあちらこちらに散らばったおびただしい数の白骨が全てを台無しにしている。「すごいですねー。」「これを見てびびらないお前の方がすごいよ。」「この明かりはいったい何処から・・・」「この奥にあの世がある。」安西は鍾乳洞の奥を見つめたまま言った。「人が足を踏み入れてはならない場所なんだ。」「この骨はいったい?」「わからん、かなり古いものだから恐らくこのエレベーターみたいな仕組みを作っていた人足たちかもしれんな。」「秘密を知ってる人たちを殺したってこと?」「ありえない話じゃない。当時ここに城を築いていた武将は冷酷で知られていた。ここに城を作るなという門守家の言うことも全く聞き入れなかったらしい。」

  白骨はあたしの足元にもいくつか転がっている。その中の頭蓋骨の一つのそばに落ちていたある物にあたしは目を止めた。フラッシュライトを点けて地面を照らす。それは確かにあれだ。あたしは拾い上げる。「どうした。」「昔のものばかりじゃないようですよ。」あたしは聖アルケアン学園の校章を指でつまんだ。安西は顔を歪める。「10年くらい前に生徒が一人行方不明になっている。北条瑠璃子という生徒だった。外へ出た形跡もなく突如として消えた。もっとも俺はオジキに聞いただけで詳しくは知らんがね。」「その子がルリコさんの話の元ネタなのね。」安西は頷く。あたしはしゃがんでその頭蓋骨に手を合わせた。どうやってかここに迷い込んでしまったのだろう。あるいはヒルコとかいうのにつかまって拉致られたのか・・・。
 
  そのとき、どこからともなくすすり泣くような妙な音が聞こえてきた。安西は素早くあたしを自分の背後に隠すように立って辺りを見回した。苦しげなうめき声のようにも聞こえる。「御厨、お前は井戸に戻って待ってろ。」「一人にしないでよ、怖いじゃない。」「お前というやつは。」あたしは舌を出す。ただ安西も一人にする方が危険だと思ったのか、絶対俺から離れるなよ。と言って音の聞こえる方へと足を踏み出した。

あたしたちは元来た道を辿って校内に戻ることにした。外に出た記録がないのに正門から入るわけにもいかなかったからだ。安西とあたしは無言のまま鍾乳洞をとぼとぼと歩く。「あの男子は実はあの娘を追いかけていなかったとしたら?」「言っている意味がわからん。」「あの娘を見かけたのは前の日で、そのときはここに入るところまで確認した。で、次の日にあの娘がいないときにここに入った。」辻褄は合う。「俺も彼のことはいろいろ調べたんだ。」安西は歩きながら振り向きもせずに言った。「あの日、弟と遅くまでゲームをしていた。そして飲み物を買ってくると言って家を出た。夜の1時頃だ。彼がそんな時間に買い物に行くことはそんなに多くはないらしい。その前に夜中に買い物に出たのは2週間以上前だったそうだからな。もしそのときに見かけたとしても、2週間も間を空けてからやってくるというのは不自然すぎる。」

「じゃあやっぱりこの道のどこかに隠し通路があるってことじゃない。」「まぁあんな井戸の仕組みを作るくらいだから、他にも何かあってもおかしくはない。」「探しましょう。」安西は立ち止まって振り返る。「だめだ。」あたしは抗議しようとしたが、安西の表情がどう考えてもあたしの願いを聞いてくれるとは思えないほど真剣だったので、開きかけた口をゆっくりと閉じた。「ここにはもう入るな。あとは門守の方で調べる。」あたしは上目づかいで安西を睨む。「じゃああの娘の正体を教えてください。」安西は黙ってあたしから目を逸らすとまた歩き始めた。あたしはちょっとカチンときたので、その場に立ち止まったまま動かなかった。安西はすぐに気づいて振り返り、フラッシュライトであたしを照らす。「教えてくれるっていったじゃない。」安西はしょうがないという顔。

「この兄山は、あの世とこの世の狭間にある。この二つの世界は全く別のものなので、普通は行き来することはできない。」「死んだら行けるってこと?」安西は首を振る。「死んだらそこで終わり、意識は消滅する。」「じゃあなんであの世なの。」「元々隣接する二つの世界があって、俺たちの住む世界をこの世、そうでない世界をあの世と呼んだ、死んだら云々というのは、昔の人間の想像力が生み出したものさ。」安西は歩き始める。あたしはしょうがなくまたそのあとを追った。「それは、平行世界みたいなもんなの?」「わからない、科学的な研究は行われてないからな。そういうことが行われないようにするのも我々の仕事だ。」「秘密を探るものは消せってことね。」安西は何も言わない。おいおい否定しろよ。

「2つのの世界は近すぎる。だから世界中のいたるところで、この2つの世界を行き来できる場所がある。この兄山もその一つというわけだ。」「ようするに、あの娘はあの世からやってきたということ?」「ご名答。さすが理解が速いな。あれは、ヒルコと呼ばれるあの世に住む一族の者だ。」イザナギとイザナミの間にできた最初の子。しかしできそこないであるが故に葦の舟に乗せられて流された。それが日本神話の言う蛭子だけど、多分何か関係あるのだろう。「俺たち門守の人間は、代々この兄山であの世とこの世の行き来を見張ってきた。この世の人間があの世に行かないように、あるいはあの世の物がこの世にこないようにね。」なるほどだから門守か。

「あの世とこの世は常に行き来できるわけじゃない。だから滅多に人が向こうに迷い込んだり、向こうからやってきてしまったりということはないんだけどね。」「あの世に行ってしまった人を連れ戻したりもするの?」「それはない。向こうに行ってしまった人間は大抵すぐに死ぬからな。文字通りあの世逝きだ。」今のはギャグか?ギャグなのか?笑った方がいいだろうか。「やっかいなのは、向こうから来てしまった連中さ。あのヒルコたちは見た目は人間と同じで知能も高いが、意思疎通が全くできない。」「言葉が通じないってこと?」「いや、それだけなら長い間に互いの言葉を理解し合えば話し合いの余地が生まれるのだろうが。やつらは人間とは思考方法そのものが違うんだ。獣と同じさ。まぁ獣ならまだ飼い馴らすことも可能だが、やつらはそれもできない。駆除するしかないんだよ。」あたしはあのとき化け犬たちに食い殺されていた女の人を思い出していた。多分あれは迷い込んだヒルコを狩っていたのだ。

横道はすぐに急勾配の階段になっていた。螺旋を描くようにカーブしている。数百年も前にこんなものが作られていたかと思うとすごい。あたしは安西の背中にフラッシュライトで「バーカ」とか描きながらのほほんとして歩いた。かなり下ったと思われる頃、階段は終わり道はいかにも洞窟然とした趣になっていた。階段は鍾乳洞というよりは人工的に掘られたような雰囲気だったが、この先へ続く通路は鍾乳洞的な痕跡が強いようだ。あたしたちは先を急ぐ。蛇行したり上下にうねったりする通路を行くうちに方向感覚が失われていく。迷いようがない一本道なのが救いだった。安西は無言のまま進み、あたしもだんだん疲れてきたので、もはやしゃべる気にもならずただただ安西の背中を追うばかりだった。いったいどこまで通じてるんだろうと思い始めたとき通路は唐突に終わった。

「終点だ。」安西が照らす先に扉があった。木製でよく神社とかお寺で見かけるような扉だった。扉は中途半端に開いていていかにも誰かが最近通りましたという感じだ。
安西はライトを開いた扉に差し込んで様子を伺う。誰かがいるわけではないようだ。開くとその先はすぐに壁になっていて梯子が見えた。「ちょっと待ってろ。」安西は軽い身のこなしで梯子をするすると登っていく。あたしは下からライトを照らした。上は人が一人だけ通れるくらいの煙突状の構造だった。4,5メートルくらい上に把手のついた蓋のようなものがある。安西はそれを掴んで開けるとそのまま見えなくなった。恐らく外に出たのだろう。あたしは急いで梯子に取りついて後を追った。

「待ってろと言ったのに。」出口から顔を出したあたしを見下ろして苦笑する安西。そうはいいつつも手を出すと引っ張りあげてくれた。森の中だ。暗くてはっきりしないが、車のライトととおぼしきものが30メートルくらい先をちらちらするのが見える。安西はスマホを取り出して地図を見ているようだった。「大分西側だな。神社への階段の近くだ。」覗き込むと、現在位置は確かに神社へ続く階段から100メートルくらい離れた森の中を示していた。車のライトは兄山の麓の県道を走るものだろう。あたしたちが出てきたところは大きな木の根元あたりで、苔の生えたひとかかえもありそうな岩が蓋として使われていたようだ。「そいつは中身をくり抜いて重さを調整してるみたいだな。そのままじゃさすがに重すぎるんだろう。」安西は足で岩を蹴った。「何も知らずにここを見つけるのは無理だ。こんな岩はそこら中にごろごろしてるし、全然違和感がない。」「あの娘はここから出入りしてたのかな。」「そうだろうな。よく見ると地面に蓋を引きずった跡がある。」

  あたしは考える。「夜中にうろつくアルケアンの生徒を見かけたあの男子は好奇心にかられて後をつけてここに来た。」「ここから入ってゆくのも見たんだろう。」「で、当然中に入ってさらに後を付けた。そしてあの娘は井戸から校内に入り、あの男子も・・・」あたしはそこで詰まってしまう。「ちょっと待って。」あたしは首を捻る。どういうことだろう。「あの娘を追って男子が井戸から上がっていったとしたら、転落死するわけないじゃない。だってその時点では蓋はしまってるんだよ。いったい誰があの蓋を下ろしたのさ。」あたしは安西を睨みつける。「うーん・・・確かにおまえの言う通りだ。」安西は苦虫を噛みつぶしたような表情。「男子が先に上がらないとだめなんだよ。男子が上がったあと、あの娘が蓋を下ろして、上げずに校内に入る。あの娘の身体能力ならそのくらいはできそうだし、多分いつもそうやって入っていたはずなんだ。だってそうじゃないと帰れなくなっちゃうから。ねぇ先生、あの娘は虫を使えるの?」安西は首を横に振る。「あいつに虫をおまえのように使う能力はないはずだ。」「蓋が下がっていれば、上にいる男子が落ちて死ぬことはできる。突き落とされたか、誤って落ちたのかまではわからないけど。」「だがそれもおかしいんだ。」安西はあたしを見ている。「あの少年が先に校内に入ることはできないんだ。やつの後を付けていたとすると、どこかで追い抜かなきゃならないからな。」あたしはため息をつく。「井戸からここまでは一本道だった。追い抜ける場所なんかないんだよね。」

じゃあやっぱりこれしか方法はない。あたしはさらに右手に集中する。あのぞわぞわとした感覚が右手に集まってくるのがわかった。そのまま手のひらを広げる。めいっぱい。あたしの右手が蓋全体を覆うように。あたしは目を瞑った。「何をしてる御厨。」「しっ、黙って」あたしは実際には触れていない蓋の淵を感じ取りながらさらにその奥へと指を伸ばす。細くなった指が蓋と石垣の隙間を通って中へと入り込んだ。もっとだ。もっと奥へ。石垣の表面を撫でるように下へと進む。少し行くと空洞があるのがわかった。あたしはその空洞を包み込むように手のひらを動かす。空洞の横の壁に出っ張りがあった。棒のような何か。こいつか?。あたしはその棒をぐっと掴んで動く方向に押す。

蓋がゆっくりと動き出すのを感じた。あたしははっとして目を開く。右手はまたいつもの小さなあたしの手に戻ってしまった。「御厨!」安西は驚いて石垣を飛び越えあたしの横に立つ。蓋は徐々に下がっているようだった。 「いったいどういう仕組みなのかしら?」「多分水力だろう。さっきも言った鍾乳洞の中には地下水脈の水が川や滝のようになっている。そいつを利用してるんだろうな。」

  あたしたちの頭は既に石垣より下になってしまった。あたしはポケットからフラッシュライトを出して辺りを照らしてみる。石垣は井戸の周囲の地面に積まれているわけではなくずっと地面の下から続いているその上端にすぎないようだった。石垣は二重構造になっていて内側の石垣の上端に蓋が乗っていてそれが、どういう仕組みでかゆっくりと下がっているわけだ。。まるでテーマパークのアトラクションのようだ。
「おまえ、さっき虫を使ったのか?」「うん」「そんな使い方をいつ憶えた。」「まぁ小学生の頃から一緒にいますからねぇ。」あたしはにっこり微笑んで安西を見た。

  あたしたちを載せた鉄製の蓋は5mくらいまで下がって止まった。そして目の前には横穴が開いている。見上げると石垣の先端が随分高く見えた。「あそこから落ちれば死ぬかもしれませんね。」「なるほどそういうことか。」横穴の左側に棒のような突起があった。恐らくそれがさっき動かしたの仕掛けのスイッチなのに違いない。「開けっ放しにしても出入りは難しそうですね。」「普段は使ってなかったんだろう。いざというときは、縄か梯子でも使えばなんとかなる。」あたしが横穴に入ろうとすると、安西が腕を掴んだ。「この状況で行くなと言っても無駄だろうな。」「当たり前です。」あたしは再びにっこりと笑う。「ここで止めて、後で俺の目の届かないときに行かれても逆に困るしな。俺が先にいくから後に付いてこい。」安西はあたしを押し退けて横穴に入ってゆく。いつのまにか安西もフラッシュライトを持っていた。「もし俺がやられたら一目散に逃げろよ。」「はいはい。」本当にあいつは襲ってくるのだろうか。もしも安西があのナイフで切り刻まれたら、あたしはそれをほっぽって逃げられるだろうか。あたしは首を振る。無理だ。多分あたしは逃げない。だって怖くないんだもん。

午前2時を廻った頃。美少女はそっと部屋を抜け出し、夜の闇との逢瀬を重ねようとしていた。「美少女はあえて否定しないが、自分で言ったら興ざめだろう。」寮の玄関を出たところで、あたしは一瞬硬直し、ゆっくりと振り返る。「とうとうあたしも教師の監視下に置かれるようになっちゃったわけですね。」独り言を聞かれて赤くなった顔は多分暗くて見えていないだろう。くそっなんでこいつはいつもいつも。「監視じゃない。警護だ。おまえ、昨日の今日でよくも夜中に出歩こうなんて考えるな。また襲われるとは思わないのか?」「うーん、あんまし。」額を抑えて首を振る安西。「怖いもの知らずというのはほんとにやっかいない性分だな。」「どうも。」「笑うとこじゃない。あいつは本当にまた来るぞ。今度は確実に殺られる。」「大丈夫ですよ、先生が守ってくれるんでしょ。」安西は目を細めて、首を横に振る。「俺には勝てない。」

「嘘でも、まかせろとか言ってくださいよ。それじゃ警護にならないじゃないですか。」「だから部屋に戻れ。鍵をかけて寝ろ。」「その筋肉は見かけ倒しだったんだ。」マッスル安西はあたしの挑発には乗ってこなかった。あくまで真剣な表情を崩さない。「おまえを危険に晒すわけにはいかないんだ。」「門守さんに頼まれたんですか。 伯父さんなんでしょう。」安西は今度はうろたえなかった。「思い出したのか。ここで会ったときにすぐ思い出されなかったからすっかり忘れててくれてると思ってた。」「忘れてましたよすっかり。小学生のときに一度あっただけの人なんてすぐに思い出せませんよ。」「いや、3回だ。最初はおまえがオジキに助けられて屋敷に連れてこられたとき。2回目はお前が屋敷に訪ねてきたとき。最後はお前のお父さんの葬式のときだ。」うーん最初と3回目は全く記憶にない。パパの葬式のときにこんなやついったけかな。まぁそもそもあのときはショックで前後の期間の記憶が曖昧なんだよね。

  まぁとにかく、「一度だけ、一度だけ試させてください。」あたしは言った。「あの井戸をもう一度だけ、調べたいんです。」「おまえ、わりと粘着質なんだな。」「一度だけでいいんです。それで何もなかったら諦めます。」安西はじっとあたしを見る。「ふう、しょうがない。ほんとに一度だけだぞ。」「やったぁ」あたしは安西の腕にすがりついた。「バカ、何やってんだ。人に見られたらシャレにならん。」あたしはペロッと舌を出して安西から離れる。
  またまたやってきた、例の井戸。さて今度こそ。あたしは、さっさと井戸の中に入って例の蓋の把手の部分を凝視した。とはいえほぼ暗闇に近い状態なので、ほんとにうっすらとその影が見えているだけなのだけどね。今までここを調べてきた人たちは普通の人たちばかりだったはずだ。でもあたしは違う。あたしには虫たちが憑いている。

「こちら側にはここを開ける仕組みが用意されていないというのが俺の結論だ。」安西は井戸の石垣に腰掛けてあたしを見下ろしていた。「こちら側には?」「そう、ここに出入り口があるのは恐らく確かだ。ここから麓に続いているんだろう。この兄山には鍾乳洞がたくさんあるから、その一部を使って秘密の抜け穴を作ったんだ。」「誰がです?」「戦国の頃、ここには城があった。多分そのときだろうな。周囲を囲まれて籠城せざるをえなくなったときの脱出用かなにかだ。」「へー」「もし敵が踏み込んできたときに、こちら側から開ける手段がなければ追ってこれないだろ。」なるほどそう言われるとそうかもしれない。しかしあたしは右手に集中した。「開け閉めはどうやってたんです。」「ここがどういう形で開くのかまだわからんけど、開けっ放しにしとけばいいんじゃないか。いざというときだけ閉めてしまう。」「閉まっている状態しか見てないから、開けることを考えるが、そもそもずっと開いていれば向こう側に閉める仕組みがあればそれで事足りてしまうというわけだ。」「じゃあこの蓋の向こう側には開閉装置のスイッチがあるということ?」「そう、向こう側にはな。だからこっちをいくら調べても何もない。」「じゃあ麓側の出入り口から入ってくればいいのか。」「それはそうなんだが、麓側の場所が全くわからん。探す場所が広すぎるんだよ。ここから延びる通路がどっちの方向にどこまで通じてるかわからない。だから麓側と言っても兄山の周囲全体を探さなきゃならん。こんな風に分かりやすい井戸とかならともかく、岩とか切り株とかにカモフラージュされてたら探しようがない。何度か探してはいるんだが、なんの手がかりも見つからなかった。」

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